第9章 九話
一ノ瀬は少し悲しげな暗い顔をしていた。
………。
「……なんだか寂しいなぁ…。」
別に美樹のことはどうでもいいんだけどね。と言って笑みを見せる。
「…ねぇ。」
「……?」
「…美樹と別れて私と付き合わない?」
「……は?」
思わず一ノ瀬を凝視してしまう。
そんな俺を可笑しいと思ったのか、クスクスと笑って、
「…なーんて、冗談よ。」
と言った。
「…まぁ、少し本気だけど。」
と悪戯っぽく付け加えた一ノ瀬にどっちだよと思った。
「…冷たいけど遥人の性格好きだよ。ルックスも完璧だし…それに……身体の相性も良いし…。」
……結局そこか…。
「…卒業したらきっともう会わないじゃん?」
「…だから何だ。」
「…付き合うのは諦めるけど、今まで通り卒業までこの関係でいてくれる?」
………。
つまりはセフレみたいな関係でいてほしいのだろう。
別にどうでもいいけど…。
承諾すると一ノ瀬は嬉しそうに笑った。
「…じゃあ、キスして?」
放課後になってもうとっくに時間はたっている。教室の戸は開いているが廊下を人など通らないし、誰かに見られることもない。
俺は身を乗り出して一ノ瀬に口付けた。
………。
もうわかってる。一ノ瀬がたかが触れるだけのキスで満足する訳ないことぐらい。
いつの間にか勉強するのをやめて、キスに没頭していた。
椅子に座る俺の膝に一ノ瀬が跨って、抱き合うように密着して深いキスを繰り返す。
「…ハァ……なんかキス上手くなった?」
キスの合間にそう聞いてきた。…自分ではよく分からないが…。
「…凄く気持ち良い……もっとしたい。」
また重ねてきて濃厚なキスが続く。
その時、何かがドサっと落ちたような音がしてキスを止め、反射的に俺と一ノ瀬は廊下へ目を向けた。
音の主は学校の鞄らしい…。
教室の入り口に美樹がいた。