第1章 クラスメイト
涙を拭おうとしたら越前くんが私の手首を掴んだ。
驚いて越前くんを見ると、何故か当の越前くんも驚いた顔をしていた。
「こすると、目、赤くなるよ」
「あ、うん、ありがとう」
ハンカチをカバンから探ろうと思ったが越前くんは手を掴んだままだった。
「夜野」
「うん」
もう目を逸らさなかった。
「今日、部活ある?」
「うん」
「一緒に帰ろうよ。少し付き合って欲しいところがあるから」
ニット越しの手首に越前くんの体温が伝わる。熱い。
「うん、いいよ」
「じゃあ、部活が終わったら、正門のとこで待ってて」
「うん」
越前くんはやっと私の手を離し、今度は私の頬に手を当てた。親指でそっと涙の跡を拭って、私に眼鏡をかけた。
「ちゃんと掛けといてね」
「うん」
予鈴が聴こえる。
「じゃあまた後で」
越前くんはスッと立ち上がり、足早に屋上を出て行ってしまった。
私の素顔を知っていたこと。
手が触れたこと。
好きだと言われたこと。
40分余りの昼休みに起こったこと全てが嘘みたいだった。
創り上げた都合の良い妄想みたい。
でも掴まれた手も、触れられた頰も確かに熱くて、夢や妄想ではないことをはっきり解っている自分がいる。
自分でも自分の頰に触れてみた。
熱い。
私は本鈴が鳴り出したのにも気付かず、ぼんやりと空を眺めた。