第5章 彼女
「ん」
リョーマくんが腕を広げる。
「え」
「来ないの?」
「だって、外だよ」
「誰も来ないよ」
左右を確認すると、確かに人の気配はない。
ベンチにバスケットを置き、腕を広げるリョーマくんにどう抱きついたら良いのか考えていると、もう一度リョーマくんが「ん」と言った。
「え、と、きゃ!」
しびれを切らせたリョーマくんが一瞬立ち上がり、お姫様抱っこをして私を膝へ乗せた。
「おそい」
「は…、走ったもん」
今の少しの間のことだと解っているけれど、恥ずかしくて違う返答をした。
ぎゅう、と抱きしめられ、リョーマくんの香りがした。
暖かくて、ドキドキする。
「リョーマくん」
「なに」
「ちょっと、恥ずかしいよ」
「うん」
うん、と言いつつ腕の力は緩められない。
苦しいわけじゃないけど、やっぱり恥ずかしい。
「リョーマくん」
「なに」
さっきの繰り返しだ…
「お弁当作ってきたよ?一緒に食べよう…?」
「うん」
リョーマくんはようやく私を抱き締めていた腕の力を緩めた。
顔は、あまりにも近くて、くらくらした。
ちゅ、と軽いキスを落としてリョーマくんが満足そうに笑う。
膝から降りてスカートの裾を直すとリョーマくんは嬉しそうに、眼鏡、してない、と言った。
「駅で外して来たけど、やっぱりまだ慣れないな。ジロジロ見られるのって面倒だね」
「まぁね、慣れるよ」
「慣れるかなぁ…」
バスケットからおにぎりと小さめの重箱を取り出すと、リョーマくんがそわそわと覗き込む。
和食に整えたメニューにリョーマくんが目をキラキラさせているのを見るだけで、早起きの甲斐があったなぁと思う。
2人でいただきますをして、お弁当を食べる。
「今度のオフの日、どっか行く?」
「どっかって?」
「デート、とか」
デート!!あの!マンガやドラマで見る!あれですね!
「行きたい!」
「どこ行きたい?」
「うーん…」
「考えといて」
「はい」
お弁当を平らげ、リョーマくんが手を合わせる。
「ごちそーさまでした」
「はい、おそまつさまでした」
バスケットからさっき自販機で買ったファンタを出すと、リョーマくんが目を丸くした。
「それ、四次元?」
「あはは!三次元です」