第5章 彼女
「あ、ここ座ろ、ほら前」
「う、うん、待って、ともちゃん」
小坂田さんと竜崎さんが目に入る。
私も、もっと前に座れば良かったかなぁ。
あ、リョーマくんがコートに出てきた。
テニスのルールは教科書を読んで勉強してきたけど、どこまで解るかな。
「わ」
思わず声が漏れる。
サーブを打つ姿勢が綺麗で、まるで教科書みたい。
あれ?リョーマくん、右手にラケット持ってる。
「ツイストサーブだ!!」
テニス部員の誰かが楽しそうに叫ぶ。
ツイストサーブ?
すごい跳ね方をしたサーブに相手の選手が固まる。
リョーマくんは相変わらずほんの少し笑っていて、余裕があるようだった。
ああ、あの笑い方、私もしたい。
あの不遜な笑顔を私は好きになった。
たぶんあんな風になりたいんだ。
お母さんにも少し似てる。誰にも負けない覚悟と決意を持ってる、そんな笑顔。
ラケットを左手に持ち替えてから、試合が終了するまではあっという間だった。
すごい。すごいし、かっこいい。
あんなかっこいい人に、好きって言われちゃったんだ…。
今更ながら恥ずかしくなる。
リョーマくんの試合で休憩だったようで、選手達がわらわらと出てきた。
ええと、どうしよう。
握りしめていたケータイが震える。そうだった、文明の利器がありました。
『第2コートの後ろのベンチ』
『行き方は?』
『桃子先輩』
は、と顔を上げると桃子先輩が目の前にいた。
「お、お疲れさまです!」
「こんにちは、夜野ちゃん」
「あ、こんにちは!」
先輩はくすくす笑いながら、あっち、とベンチを上がる。
ついて行くと指をさして場所を教えてくれた。
「ありがとうございます」
「いいのいいの、ゆっくり休憩しておいで」
「はい」
待ちきれなくて少し駆け足で向かう。
回りこまなくてはいけないフェンスすらもどかしい。
フェンス越しに帽子が見える。リョーマくんだ。
足に力が入る。駆け足どころかダッシュだ。
「リョーマくん!」
顔を見るとリョーマくんが帽子で顔を隠すように笑っていた。
「おはよ、夢子」
「おっおは、よう」
突然のダッシュに息は上がっていて、挨拶を口に出して初めてゼイゼイしている自分に気付いた。
「そんな走ってこなくても」
無意識って言ったら、笑われるかな。