第14章 テニスと王子様
部室に戻って扉を閉めると、少し安心した。
さっきまでバクバクと嫌な音を立てていた心臓が楽になっていく。
「暑い?」
先輩を見ると、困ったように微笑んでいた。
「先輩は…」
冷や汗をかいて背中がじっとりと冷たい。先輩は微笑んんだまま、次の言葉を待ってくれている。
「…先輩は、手塚先輩のこと、本気で好きな女の子と会ってしまった時、どうしましたか?」
なんとか言葉にすると、先輩はふふっと笑った。
「知らないわ、そんなもの、目に入らないくらい夢中だったから」
「夢子みたいに、国光と付き合ってすぐの頃は、そんな女の子たくさんいた。『私、本気なんです』って私に言ってくる子もいたわ。でも、全然気にならなかったから、ふぅん、それで?って聞き返して、相手が黙って終わり」
「…そうじゃ、なくて」
先輩が分かってる、という風に頷く。
「私達、まだ14歳よ?相手以外の人の気持ちを気にする恋愛なんて、早すぎると思わない?もちろん、国光の事、本当に好きな女の子、私以外にもいると思う。私より優しくて、素敵で、国光のこと大切に出来る女の子も」
先輩はずっと口元に笑みを浮かべている。私はまだ、上手に酸素を吸えないでいた。
「でも、こんなにたくさん片思いの物語があるのに、いま、両思いって、すごいことじゃない?先の事なんて分からないけど、私、いまを大切にしたいの。他人になんて構っていられないの」
恋愛小説の表紙を、ぱん、と叩いて先輩がにっこりする。
上手く言葉が出てこない。先輩が言わんとする事は理解出来たつもりなのに、私はどうしたいか、よく分からなかった。
「夢子は私と違って、相手の気持ちを思いやれる子だから、きっと胸が痛いんだと思う」
思いやれる?
「…分かりません、不安とはまた違うような、ざわざわした気持ちになるんです」
「うん」
「どうしたら良いと思いますか?」
「さぁ」
先輩が笑う。
少し苛立つ。だから、どうして、そんな風に笑えるんだろう?不安になったり、苛々したり、しないんですか?
「ごめんね、私もうまく言えないんだけど…」
先輩が目を伏せる。さっき表紙を叩いた恋愛小説を、今度はそっと撫でた。
「そうやって悩むのも必要かもしれないけど、今はその時間も惜しいくらい王子様のこと考えた方が有意義じゃないかしら?」