第10章 平子の回想
「ただいまーってユウ?」
武臣を連れた倉元が帰ってくる。
平子はシッと人差し指を口に当てた。
「今寝たところだ。仮眠室へ連れて行ったほうがいいだろうか。」
「いや、いいんじゃないですかここで。ブジン、仮眠室からブランケット持ってきて。」
倉元は椅子を引き寄せてユウの隣へ座った。
「疲れてんスかね。」
「有馬さんと戦闘訓練したらしい。」
「ひぇぇ。朝から大変だったし夜も何があるか分からないし、寝ておいて正解ですね。」
持ってきたブランケットを必要以上にそっと優しくユウの背にかける武臣を見る。
初めて彼が平子班に入ってきた時、握手でユウの手を握りつぶしかけたことがある。
初日でしかも女の上司ということで緊張していたのだろう。
彼の握力は100キロだ。
涙目で手をひらひらさせるユウを見て武臣は可哀想なほど動揺していた。
さほど感情が表に出てこないタイプではあるが、それでも可哀想だと思うくらいあれは動揺していたはずだ。
謝罪していたあの大きな声を今でも思い出す。
たしか倉元は爆笑していたが。
良い班だ。
みんな気が良くて自分を尊敬してついてきてくれ、実力も高い班員が集まっている。
平子班は強い。
倉元が手持ち無沙汰なのかユウの髪を一房手に取った。
俺が言えたことではないかもしれない。
だが知って欲しいのだ、諦めて後ずさりするだけが傷つかない方法じゃない。
仲睦まじい二人の様子を見ながら祈るように目を閉じた。
思い出すのはあの光景、夕日の差す部屋で、頬杖をつく有馬さん。
"蘭乃ユウという二等捜査官がいる。明日からタケが面倒を見てくれ。"
急な頼みにも班員が増えるだけのことだと従順に頷いた。
"先の梟討伐でユウは参加しなかったが、彼女の班員は全員死亡した。一応カウンセリングした結果、彼女は父性に飢えているらしいと分かった。タケ、君が代わりだ。"
記憶の中の自分が「えっ」と間抜けな声を出した。
何かしてやれただろうか。
今になって思う、特別なことは出来なかった。
ただのどこにでもいる上司にしかなれなかったかもしれない。