第6章 だから俺だけをずっと (R18:及川徹)
徹くんは、私がどこかへ行くことを極端に嫌う。
同棲をはじめた当初はそれこそ、こうしてコンビニに行こうとするだけで泣かれたくらいだ。
ひとりにしないで。
彼はそう呟いて、俯いていた。
スラリと高い背も、花のように美しい面立ちも、そのときだけは小さな子どものように幼気(いたいけ)で。
それがどうしようもなく愛おしくて。悲しくて。私も一緒になって泣いていたことを、よく覚えてる。
「……行かないで、カオリ」
口付けの合間に彼がねだった。
不安げな声音。
すがるような吐息。
私の両頬をわずかに震える手で包みこんで、絶対に離すまいと切なげなキスをする。
不安定で、儚げな、徹くんのキスだ。
「……っ行か、ない、よ」
「本当に? どこも行かない?」
「ん、どこにも、行かない」
泣くまではしなくなったけど、彼はまだ過去の傷に囚われている。そしてそれは、これからもずっと。
簡単に癒える傷なんてない。
ついてしまった傷痕は、一生消えない。
だから私たちは寄り添う。
だから私たちは愛し合う。
互いの傷に、寄り添うようにして。
互いの愛を、補い合うようにして。
「愛してるよ、……徹くん」
「……俺のほうが絶対愛してるもん」
「ふふ……、そう?」
やっと普段の調子を取り戻してくれた彼の、その少し赤くなった頬を撫でて、私は笑った。
眠らぬ町の、片隅。
華やいだ雑踏のざわめきが遠くに聞こえる。騒がしくも、静かな夜。
私と彼が出会ってからちょうど一年が経った、──とある幸せの瞬間だった。