第5章 吐息を華に、恨みを添えて (R18:澤村大地)
「……っ、……痛いです、課長」
私の三歩前。
こちらを振り返ることなく歩を進める彼は、問いかけに応じなかった。痛いです。やめてください。離して。
何を言っても答えない。
何も言わずにただ、私の手を引いて歩くだけ。その広い背中の向こうに、階上へと繋がるエレベーターが見える。
上を向いた矢印のボタンを押して、扉が開くまでの間。彼は一度だけ振り返ろうとして、でもやっぱりこちらを向いてはくれなかった。
重い扉が、開かれていく。
「……っ、ん、……!」
箱内に入るなり唇を奪われた。壁際に追いやられて、ブラウス越しに鏡の冷たさを感じる。
逃げようとは、思わない。
けれど分からないのだ。
なぜ彼が、こんなにも怒るのか。こんなにも必死で私を逃すまいとするのか。
所詮、私は不倫相手でしょう?
「澤村さ、ん……っど、して」
深いキスから言葉が漏れる。口内を蹂躙しようとする彼の舌に邪魔されて、うまく喋れない。
ぬるり、私のそれが絡めとられた。
図らずも漏れる甘い息。
きゅう、と胸が苦しくなる。
だって私、怖いくらいに覚えてるの。あなたのキスも、あなたの感触も、熱も、優しさも、何もかも。でもね。
「もう、やめて……っ大地さん」
愛だけは、知らない。