• テキストサイズ

(R18) 行かないで青春 (HQ)

第5章  吐息を華に、恨みを添えて (R18:澤村大地)




「……っ、……痛いです、課長」


 私の三歩前。

 こちらを振り返ることなく歩を進める彼は、問いかけに応じなかった。痛いです。やめてください。離して。

 何を言っても答えない。

 何も言わずにただ、私の手を引いて歩くだけ。その広い背中の向こうに、階上へと繋がるエレベーターが見える。

 上を向いた矢印のボタンを押して、扉が開くまでの間。彼は一度だけ振り返ろうとして、でもやっぱりこちらを向いてはくれなかった。


 重い扉が、開かれていく。


「……っ、ん、……!」

 箱内に入るなり唇を奪われた。壁際に追いやられて、ブラウス越しに鏡の冷たさを感じる。

 逃げようとは、思わない。

 けれど分からないのだ。
 なぜ彼が、こんなにも怒るのか。こんなにも必死で私を逃すまいとするのか。

 所詮、私は不倫相手でしょう?


「澤村さ、ん……っど、して」


 深いキスから言葉が漏れる。口内を蹂躙しようとする彼の舌に邪魔されて、うまく喋れない。

 ぬるり、私のそれが絡めとられた。

 図らずも漏れる甘い息。
 きゅう、と胸が苦しくなる。

 だって私、怖いくらいに覚えてるの。あなたのキスも、あなたの感触も、熱も、優しさも、何もかも。でもね。


「もう、やめて……っ大地さん」


 愛だけは、知らない。

/ 454ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp