第5章 吐息を華に、恨みを添えて (R18:澤村大地)
「……私も大概ばかね」
自嘲気味にぼやく、夜。
絶対に行くまいと決めたはずなのに、でもやっぱり会いたくて、降りるはずのない駅で降りてしまった。
見上げれば摩天楼。
天に向かって伸びるそれは高く、壁面にはほつほつと窓明かりが灯っている。
木目調に装飾された自動ドアをくぐり、過剰に冷やされた室内に身震いをして、彼の姿を探した。
どこ。見つからない。
「…………絢香」
絢香、あなたの声。
ゆっくりと身体を反転させると、そこにはちょっと吃驚している様子のあなたがいた。
「来て、……くれた、のか」
「ええ、ついうっかり」
「うっかり、って……はは」
困ったような笑顔がワシ、と頭をかいて、それからチラリと私を見る。
来てくれないかと思った。
大方そんな台詞を言うのだろうと予想して、しかし、私はこのあと盛大に裏切られることになった。
「もう会えないかと思った」
「……、え」
「ずっと、お前のことを考えてた」
何言ってるの。
頭でも、打ったの。
そんな言葉が頭を過るのに、唇が動かない。声帯が震えてくれない。
ついさっきまでオフィスで一緒だった。出張が終われば、三日後にはまた顔を合わせる。なのにそんな、大袈裟な言い方して──
ああ、そうか。
「課長……終わりましょう、私たち」
別れを、恐れているのね。