第5章 吐息を華に、恨みを添えて (R18:澤村大地)
「行けないって、どういうことだ」
明らかに怒気を孕んだ声。
怒ってる。それもそうか。
不倫関係にある部下が、自分とのうたかたの逃避行を無下にしたのだから。でも、そんな風に怒るのは、ずるい。
「……体調が、思わしくないので」
「嘘をつくんじゃない」
「では、本当のことを言いますか?」
今、この場で。
いつ誰がやってくるか分からない、この給湯室で。
言うの?
辛いんです。もう無理なの。あなたのことが好きだから。あなたは妻帯者だから。この関係を続けるのが辛いの。だから、二人きりで夜を明かすなんて無理。
そんなことしたら、今度こそ奈落の底に堕ちて、堕ちて、堕ちて、永遠に戻ってこれなくなる。
「どうなんです、澤村課長」
「…………」
「あなたはどうしてほしいの」
ああ、いやだな。
私、すごくイライラしてる。
こんなの格好悪い。
そうは思うものの、一旦枷が外れた感情は止まることがなかった。
子どもみたいに苛立ちをぶつけたところで、この関係は変わらない。終わることはあっても、発展することは絶対にない。
ばかね、私。
そんなの分かりきってることなのに、まだ諦めきれてない。全然、終わりにする覚悟なんてないじゃない。
「……先方様がお待ちなので」
ゆらり、湯気が揺れる。
会社指定のブランド茶葉で淹れたお茶を手に、私は彼のもとを後にした。