第5章 吐息を華に、恨みを添えて (R18:澤村大地)
ばかばかしい。
心底思う。
至極滑稽で、無価値だ。
誰にもいえない恋。心を蝕みつづける劣情。そんなものに身を堕とした私は愚かで、──弱い。
「瀬野、ちょっといいか」
ほらね。
懲りずにドキドキしてる。
意思が弱い。こころが弱い。ついさっき終わりにしようと決めたばかりなのに、彼の声に呼ばれただけでこんなにも揺らいでしまう。
「このクライアントなんだけどさ、」
ちょっと瞼をさげて書類に目を落とす、その横顔。難しそうな顔でボールペンを唇に当てる仕草が、好き。
好き。大好き。
ちょっとおじさんくさいネクタイの趣味も、ごつごつとした男らしい手も、私を見る、その綻んだ眼差しも。
全部好きよ。
なのにね、──辛い。
「瀬野? 聞いてるか?」
「……っあ、ええ、はい」
「じゃあ早速明日出発だからな」
え、出発、どこに。
悶々としていた私はキョトンとして彼を見上げた。凛々しい眉毛が、へなりと八ノ字を描く。
「ほら聞いてない」
ちょん、とおでこを小突かれた。
「──……すみません」
熱くなってしまう頬が憎い。
県外にあるクライアント先への出張を命じられたのは、この直後のこと。
その出張が一泊二日の泊まりがけで、彼と二人きりだと聞かされたのは、給湯室でお茶を注いでいるときのことだった。