第5章 吐息を華に、恨みを添えて (R18:澤村大地)
地下フロアの最奥。
資料室と書かれた磨りガラスを背にして、一歩、現実へと続く廊下に右足を踏みだした。
考えるのだ。
いつも。
蛍光灯の間引かれた廊下を進んで、エレベーターに乗って、あなたと出会ったオフィスへ戻るまでの間。
ひとりで、睫毛を伏せて、考える。
あなたの一番になれたらどれほど幸せなのだろう。あなたが私だけを愛してくれたら、他には何もいらないのに。
あと数年早く出会えていれば。
あの人より早く、彼と出会えていたのなら。
「……もう、無理よ」
潮時は、とっくに過ぎていた。
やめようと思えばやめられた時期もあった。だけど、やめられなかった。
ダメだと思えば思うほど惹かれた。彼が奥さんと冷えていると聞いたとき、これはまたとないチャンスだと思った。どうしても、手に入れたいと思ってしまった。
「でも、もう……終わり」
何度こうして決意したことだろう。
今回が、このセックスが、最後。
彼と逢引きをするたびにそう誓うのに、結局、また資料室(ここ)へ戻ってきてしまう。
絶対に誰にも渡したくない。たとえこの身が朽ちても、彼に抱かれていたい。強く強くそう思う、なのに。
これらの事柄はすべて、私の深い恋情でさえも、──彼に奥さんがいるという前提のもとに、成り立っているのだ。