第4章 愛すべき泥濘で口付けを (R18:黒尾鉄朗)
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306号室と印刷されたレシートを持って、狭いエレベーターを後にする。
薄暗い廊下。
バニラの匂い。
非常口から数えて二番目のドアを開けると、暗かったはずの照明が自動的に明転した。
枕元にはコンドームがふたつ。
木編みの箱に入れられたそれを見て、絢香が咄嗟に顔を外らす。
「私、初めて来た……ラブホ」
「へえ、そう」
会話は続かない。
別に、続ける気もない。
身体の中心で蠢めく感情を抑えるのに必死で、他のことに構っている余裕がないのだ。
それは、どろどろと。
全身を這いずり廻るようにして俺を、こころを、醜くさせる。
「入る? 風呂」
「えっ、あ、うん……そだね」
「一緒に?」
「……っばか!」
なあ絢香、お前、木兎に何回抱かれたの。どんな顔してあいつを受け入れてたの。
笑ってた? 幸せだった?
どろ、どろ、どろ。
汚い感情で、息ができない。