第4章 愛すべき泥濘で口付けを (R18:黒尾鉄朗)
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「は……? 木兎に浮気された?」
カラン、と氷が音を立てた。
突然呼び出された夜のファミレス。俺の向かいに座るこいつ、瀬野絢香は、悲壮な面持ちでそう言った。
光太郎が浮気した、と。
目に涙まで溜めて。
「だれ」
「……え?」
「相手」
スマホを弄りながら、おざなりに問いかける。本当はまったく心中穏やかじゃないが、それをこいつに気取られるワケにはいかない。
だって、俺はただの友達だから。
そう思ってるのはこいつだけだけど、まあ、正直言うとこの関係にも慣れてしまった。
俺はただのクラスメイト。
俺はただの相談相手。
俺は、ただそれだけの存在。
「……チアガール」
「どこの」
「……井闥山、の」
今にも溢れだしそうな涙をこらえて、絢香は唇を噛みしめていた。強張った肩。俺からは見えないけど、きっと、テーブルの下で拳を握りしめているのだろう。
「あーらら、泣いちゃう?」
「……泣かない」
「だから言ったろ、俺。木兎はやめとけって。あいつああ見えてスゲーモテるし、馬鹿だし、来るもの拒まずだし。所詮お前もその内のひとりだっ」
「……っもうそれ以上言わないで」
あ、泣いた。
なんで泣くかな。いや俺が悪いのか。チッ、と思わず口の奥のほうで舌が鳴る。ほろほろと落ちる絢香の涙。その涙を、俺は拭ってやれる立場じゃない。
募っていくイライラと、歪な感情。