第20章 最愛(Moulin Rouge完結篇)
「……なにあれ、いかにも悪者が乗ってます、って感じ」
荷台の扉に空いた僅かな隙間から追手を目視して、女は苦虫を噛みつぶした。
それにしてもひどい渋面だ。
普段の可愛さはどこいった。
ボディガード役として荷台に同乗した男は苦笑する。
苦笑して、しかし笑っている場合ではないと、全神経を追手に集中させた。
軽やかな乗用車のタイヤ音。
それが一、二、三、四本分。
その後ろから迫りくる轟音は間違いなく大型車。恐らくは武装されている。いや、ほぼ確実に。
銃か、ナイフか。
いずれにせよ殺すための武器。
しかし相手もこの道のプロだ。ターゲットは殺すより生け捕れ。それが流儀。
己が忠誠を誓ったボスの面前に跪かせ、死よりも辛い拷問を与えてみせるのが理想の報復というモノである。
──と、すると。
「っ来る! 伏せて!」
警告が先か。
行動が先か。
男は叫ぶのと同時に女を抱きよせ、自らの身体で庇うようにして床に伏せさせる。
直後の衝撃。
車体が大きく揺れた。
追手車両が体当たりを仕掛けてきたのだ。無茶な追抜きに驚いた後続車のクラクションが耳を劈く。
「ったく、荒っぽい鼬さんだこと!」
「言ってる場合か! 振り切るぞ!」
「後ろの二人! しっかり掴まっとくんだよ!」
運転席側から飛んできた声に反応して、荷台の男女が身を硬くした。
ここは、都心上空。
網目のごとく張り巡らされた首都湾岸線。その最後の一本道。
逃げる者、追う者。
彼らの目的地は奇しくもひとつ。
終幕の舞台、──空港だ。