第20章 最愛(Moulin Rouge完結篇)
「うん、わかった、もう泣かない」
「んー、いい子! 偉いぞカオリ!」
「わ、ちょ、髪ぐしゃぐしゃんなる」
豪快に頭をわしゃわしゃしてくる光太郎から逃れようとした、──そのとき。
トラックの荷台と運転席を繋いでいる小窓が開いて、花巻くんがひょこりと顔を覗かせた。その隣に見えるのは岩泉さんの横顔だ。
「そろそろ時間だぜ、お二人さん」
「揺れるからしっかり掴まっとけ」
それぞれに告げた彼らもまた、光太郎と揃いの作業服を纏っている。目元を隠すために用意されたキャップ帽。
浅めに帽子を被っていた花巻くんが、気合いを入れるようにして鍔の位置を深くした。
ああ、いよいよなのだ。
運命の日が始まろうとしている。
どくん
どくん
どくん
全身が波打つくらいの拍動。
国道を過ぎていく車たちの喧騒が少しずつ、少しずつ、意識の外へ押しだされていって。
「行くぞ、出発だ」
助手席に腰掛ける岩泉さんが命じて、花巻くんがアクセルを踏んだ。
閉じられる小窓。
ゴトン、と揺れる荷台。
光太郎があぐらを掻いている傍らで小さく蹲って、私は──……
(今度こそ、幸せを)
まだ空っぽの掌を、強く、強く、握りしめるのであった。