第20章 最愛(Moulin Rouge完結篇)
カオリ──
ひと際大きな声で名を呼ばれて、カオリは条件反射的に顔を上げた。そしてそのまま、瞬きすらできずに愕然とする。
頬を打たれたような錯覚。
胸を、抉られるような痛み。
「……こ、たろ、……ごめ、」
木兎が、泣いていたのだ。
感情が昂ぶりすぎてコントロールできなくなってしまったらしい彼。ぼろぼろと眦から滴をこぼして泣いている。
そんな彼を咄嗟に抱きしめようとして、でも、とカオリは踏み止まった。
そうじゃない。
私が、今、すべきこと。それは光太郎を慰めることじゃない。彼女は自身に言い聞かせる。
言わなければならないこと。
伝えなければならないこと。
たくさんある、なのに。
「──……ごめんなさい。私、逃げてた。自分のせいで誰かが傷つくのはもういやで、怖くて、覚悟を決められないでいた。でも、……もうおしまい。逃げるのは、もうやめる」
ぱたた、ぱたた。
握りしめた手に落ちていく大粒は数知れず。だが、小刻みに揺れていた脆弱はもう存在しない。
「私、会いたい、……っ京治さんに、会いたい。だから、だから私に力を貸してください……っお願、します……!」
全てを言いきって髪を垂らした彼女。
その華奢な身体を包みこむ光。
息が出来ぬほどの抱擁が、苦しくて。
「よく言った! うんうん、それでこそ俺のカオリだ! 偉いなあお前、よしよし、もう泣くな!」
「っや、ちょ、苦し、光太、」
「何があっても守ってやっからな! 泥船に乗ったつもりでいろよ!」
眩く笑んでみせる彼は太陽。
絶望の夜さえ照らす、道標。
宿木に刻まれた絆の証。
「それを言うなら大船、でしょ」
「んん? そうだっけ?」
優しさと愛で溢れるプレイルーム。
捧げる祈り。
それは果たして叶うのか。
「……ふふ、もう、相変わらずばかなんだから」
あ、──笑った。
誰かがそう囁いた。
【without u】fin.
迫る決戦の日、そして──