第20章 最愛(Moulin Rouge完結篇)
ここにいるはずのない彼が、何故。
唖然とするカオリの声なき疑問に答えたのは【彼】だった。過ぎし日のこと、天童と共謀して彼女を誘拐した及川徹である。
「大丈夫、覚ちゃんは味方だよ」
彼は真剣な面持ちで言う。カオリのことを真っ直ぐに見据えて、大丈夫、と。
そう言うのだ。
そこに岩泉の面影を見たカオリは、口を噤んだままこくりと頷いて、及川の言葉の続きを待った。
「いわゆる内通者、ってやつ。敵の動きを知ってたほうが色々と有利でしょ?」
「天童は腕っぷしも強えしな」
及川に継いで話すのは岩泉だ。
カオリが普段から愛飲しているミネラルウォーターを彼女に手渡してから、彼はさらに言葉を紡いでいく。
「一番街にはまだまだ鷲匠んとこの残党が息を潜めてる。俺たちがここに来るまでにも何人か知った顔を見かけたぐれえだ」
「そこで、俺の出番なワケですよお」
喜々として声帯を震わせる彼。
天童覚は、笑む。
サムズアップした親指で、自身の喉元を掻っ切る仕草をしてみせて。
「敵を音もなく狩るのが得意なのは、フクロウさんだけじゃないですからねえ」
その爛々とした目玉。
夏休みの計画を立てる少年のようにも、惨劇の算段を立てる罪人のようにも見えるそれが捕らえるのは、カオリの瞳だった。