第20章 最愛(Moulin Rouge完結篇)
突然の再会に絶句して、カオリはその身を凍らせる。
岩泉の元へ大量の豆腐が送られてきていたこと。それらが及川の償いの証であったこと。彼らが和解したこと。
彼女はすべて知っていた。
黒尾から事前に説明を受けていた。
しかし、身体に滲みついた恐怖はそんなに簡単に消えやしない。
消えないのだ。
恐怖も、悲しみも。
身体だけじゃなく心にも刻まれた傷は、たとえ悠久の時が過ぎようとも、決して癒えることはない。
あくまで笑顔を絶やさない及川を凝視する、カオリの眼。怯えた眼。
「……カオリ、お前やっぱり今日は帰」
「ごめんね、カオリちゃん」
黒尾が出しかけた言葉を遮ったのは、及川の軽やかな声だった。毒気のない響き。
カオリがきょとん、として。
その場にいる全員が沈黙する。
「あのときは、本当にごめんなさい」
再度謝罪した及川は、深々と、だがそれでいて嫋やかに腰を折った。
頭を下げたのだ。
あの、及川徹が、カオリに。
「っあ、えと、……ううん、いいの」
呆気にとられる、ってまさにこういうことを言うのだろう。
そんなことを考えつつ言葉を返したカオリの眼に浮かぶのは、驚きと安堵と、まだ不確かな慈しみ。
及川の生立ちと過去についても話を聞かされていたカオリは、心のどこかでは彼を憎みきれないでいた。
「私も、……ごめんね、徹くん」
おずおずと発したカオリのその声に。
「仲直り、だね、これからもよろしく」
朗らかに笑んでみせて及川は返した。