第20章 最愛(Moulin Rouge完結篇)
「でも、……営業の邪魔にならない?」
ぎゃいぎゃいといがみ合う二人。
黒尾と木兎の間を、カオリの不安げな声がすり抜けていった。
はた、と喧嘩が止む。
ピンクオウルの元従業員である彼女は、当時よく腰掛けていたスタッフルームのパイプ椅子に座っていた。
記憶の欠片が散りばめられた古巣。
カオリと【彼ら】が出会った場所。
最愛を失った悲しみに取り残されたままの彼女が見せる平然は、偽りと装いでしかない。それは火を見るよりも明らかだった。
「ばか、邪魔なワケねえだろ」
優しい声音で言いながらカオリの頭を撫でた黒尾、の手を、木兎が即座に払いのける。
「それ俺のセリフな! 俺の!」
大きすぎる低音でそう主張した彼は、カオリに宛がう部屋を「綺麗にしてくる」と言い残して店奥へ消えていった。
薄暗い桃色の廊下。
広い背中が、溶けていく。
カオリと黒尾のいる待合フロアにエレベーターの駆動音が響いたのは、その直後のことだった。
ゴウン──……
それは、獣の唸声にも似て。
次第に増していくボリュームにカオリが気付き、黒尾がわずかに顔を強張らせたところで駆動音は止んだ。
少しずつ、少しずつ。
開けていく扉の向こう。
「やっほー、久しぶり☆」
ひらりと手を振ったのはかつての花。
彼の後ろに見える人影は、四つ。
懐かしい顔ぶれを従えてピンクオウルにやってきたのは、カオリに忌むべき記憶を植えつづけた不夜城の王、及川徹だった。