第20章 最愛(Moulin Rouge完結篇)
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「つーわけで、部屋、空けろや」
深紅のネクタイを緩めつつ言うのは黒尾鉄朗だった。
かつて一番街を有する地区の駅前交番に務めていた彼は、現在、警視庁組織犯罪対策部に属している。
通称、マル暴。
ありていに言えば暴力団専門のお巡りさんだ。異例の速さで第五課課長に就任した彼はマル暴の若きエースである。
「んん頼み方! 恐喝かよ!?」
オーバーリアクションでツッコんでみせるのは木兎光太郎。ここピンクオウルの雇われ店長だ。
数年前は雑用ばかりを押しつけられていた彼だが、数年経った今でも、押しつけられるのはやっぱり雑用だった。
彼曰く、ローションプレイの後始末が一番「マジ最悪!」らしい。
「カオリを守るためだってのに俺の言うことが聞けねえのか、あ゛ァ?」
「カオリのことは守るに決まってんだろ!? お前のそーゆー言い方が気に食わねんだよ! お巡りだからって偉そうにすんな!」
「お巡り、さん、だろがクソガキ!」
「俺はもうガキじゃねえの! 立派なオトナなの!」
ピンク色の照明が焚かれたフロア。空間を満たすのは大音量のトランスミュージックとお香の匂い。
それから、自称大人たちの口喧嘩だ。
各プレイルームで待機していた風俗嬢たちが「なんの騒ぎ?」と顔を覗かせているが、しかし、彼女らは黒尾の顔を見るなりすぐに姿を隠してしまう。
夜の住人にとってお巡りさんは天敵。
とくに悪いことをしていなくても極力関わりたくないし、白黒ツートンの車両を見つけた瞬間にドキッとするあれは、もはや本能行動のそれに近いのだ。