第20章 最愛(Moulin Rouge完結篇)
「──………カオリ?」
ほろり、涙を零したのは黄金。
その雫はほとんど無意識に排出されているようだった。止めどなく。言葉もなく。
次から次へと落ちる水滴。
まるで俺のことなんか見えてないみたいに彼は、木兎光太郎は、カオリ目掛けて一直線に歩を進めた。
何も言わずに彼女を抱き寄せて、抱き締めて、そのまま一体どれほどの時間が過ぎただろう。
「………おかえり、カオリ」
彼が囁いたそのひと言は吃驚するほど小さく、そして震えていた。
光太郎は泣いていた。
カオリも泣いていた。
二人して、声を殺して。
その泣き方があまりにもそっくりで、瓜二つで、儚げだったもんだから。
なんだか、俺まで感極まって。
「ただい──………」
「ただいま、光太郎」
「っんで黒尾が言うんだよ!?」
そこお前が出しゃばるとこじゃねえだろオッサン!とか。感動の再会が台無しじゃん黒尾ジサン最低とか。
散々俺を野次って、罵って、終いには俺の拳骨とデコピンを食らって、ようやく二人は閉口した。
「う、ぐうう、痛ってええ」
「マジ馬鹿力、滅べ黒尾」
否、閉口とかしてない。
こいつら二人揃うと相変わらずクソ生意気なことしか言わねえ。
「あれな、カオリはもう一発追加な」
「は!? いやだよ絶対イヤ!」
「待て黒尾! やるなら俺をやれ!」
木を隠すなら、森に。
蝶を隠すなら、夜に。
元ヘル嬢であるカオリを匿う場所として及川が指定した風俗店、ピンクオウルに懐かしい声が響き渡っていた。
赤葦と彼女を引き合わせる計画の実行日まで、あと一週間。
終幕へのカウントダウン。
向かう先は、ただひとつ。
幸せに充ち満ちたラストシーンだ。