第20章 最愛(Moulin Rouge完結篇)
「あいつのことなら心配すんな」
黒尾さんに言われて、刹那。
全身の血が熱くなった気がした。
事実そうなのかもしれない。
堰を切ったように溢れだす感情がコントロールできなくて、思わず眉根に皺が寄る。
「……っいい加減にしろよ、アンタ」
「あ? んだとテメエ」
「余計なお世話だ、って言ったのが聞こえなかったのか。俺が娑婆に出たら組が黙っちゃいない。それが彼女にとってどれほど危険なことか、そのくらい分かってるだろ……!?」
次第に荒くなってしまう言葉尻。
今にも殴りかからん勢いの俺を見て、刑務官がピリと緊張の糸を張らせている。書記が忙しくキーボードを叩く音。
喧しい。
うるさい。
黙れ。
憤りが過ぎて、視界が歪む。
「……ったく、可愛くねえガキだな」
ふと、黒尾さんが笑んだのは何故なのか。どんなに考えても、それだけは答えが出てこなかった。
小首を傾げて、彼の言葉を待つ。
とくん
とくん
馬鹿みたいに駆けていた鼓動が、海が凪いでいくみたいに穏やかになっていく。
「いやー、焦ったぜ、聖人にでもなったつもりなのかと思ってよ」
「……聖人?」
「あいつを守るためなら自分はどうなっても構わない、ってやつ。無償の愛だとか説きだしたらどうしようかとビビってたんだが、……要らねえ心配だったな」
彼はそこまで言って、ひとつ。
ふうと息をついてから言葉を加えた。
「お前、ちゃんと人間じゃん」