第20章 最愛(Moulin Rouge完結篇)
「お前がなんて言おうが関係ねえ」
やめろ、やめてくれ。
そう願うのに彼の言葉は続く。
「俺は、赤葦、お前をここから出す。ようやく条件が整ったんだ。いくら断られても俺はやるからな」
ああ、どうして。
頭痛すら覚えた。胃が軋んだ。喉の奥が苦しくなって、動悸がする。何を、今更。頼むから俺の決意を揺るがせないでくれよ。
「……俺はもう、決めたんです」
そう、俺は決めたんだ。
もう二度と外の世界には戻らない。
戻れないんだ。
だってそうだろ。
組の資金繰りのために売買していた違法ドラッグ。俺の手中から放たれたブツが、あの町を、そして彼女を、蝕んで傷付けたのだから。
彼女の笑顔を守りたい。
その一心で罪を償うことを決め、組もろとも沈むつもりでこうして自首したというのに。
仮に、ここから出られたとして。
今更どの面下げて生きていけというのか。一体どこへ帰れというのか。
大体、俺が生きているという事実そのものが彼女にとって脅威なのだ。
愛した女のために、俺は組を売った。
隠しようのない事実だ。
勿論、組の連中も知るところだろう。
そんな俺が無事出所したとなったらまず最初に狙われるのが、彼女。
俺は自分自身が傷付けられることよりも、いや、死ぬことよりも辛く凄惨な報復を受ける。
それは、最愛を奪われること。
端的にいえば彼女は殺される。
常人では考えつくことすら出来ないような苦痛と恐怖に晒されて、人知れず、跡形もなくこの世から消されてしまう。
それが【白鳥沢組】のやり方だ。
だから、俺はここを出る訳にはいかない。一生をこの獄中で終えると、そう誓ったんだ。