第20章 最愛(Moulin Rouge完結篇)
彼のことはよく知っている。
この世界は縦には限りなく深いが、横には案外狭いものだ。
一番街界隈に勤務している警官はその顔だけでなく、出生や略歴といった素性もリストとして出回っている。
とくに、彼、黒尾という警官はあの町ではちょっとした有名人だった。
公務員らしからぬその見目と、俺たち裏社会の人間とも臆することなく接する肝の座りよう。
加えてあの高身長だ。
目立つなという方が無理である。
会話を交わした記憶は、ほんの数回。
かつて俺が心身を捧げた彼女とも関わりがあったらしいということは、当時の部下である白布賢二郎から聞いていた。
しかし何故、今、彼がここに?
見慣れた濃紺の制服姿ではなくスーツに身を包んだ彼。久方ぶりに見る黒尾さんに焦点を合わせて、俺は問いたげな顔をしてみせた。
「よう、久しぶりだな」
わずかに皺の刻まれた口元。
粗暴な印象が強かった彼だが、眼前にいる男はまるで別人のように落ちついていて。
ああ、時が、経ったのだと。
いつの間にか重ねてしまった歳月を思い、憂いた。あれから何年経ったのかは、もう忘れてしまったけれど。