第20章 最愛(Moulin Rouge完結篇)
chapter001
【BLACK:brave it out】
「519番、出ろ、面会だ」
重苦しい声が聞こえた。
何をする訳でもなく寝転んでいた。硬くて薄汚れた簡易ベッド。上体を起こして軽く、息をつく。
鉄格子の向こうに見えたのは刑務官の制服だった。面会だなんて、一体誰が。
そもそも、俺は──
「面会は全て断ってる筈ですが」
「無論承知の上だ。いいから出ろ」
「………?」
訝るような視線を向けても、刑務官はむっつりと黙ったまま。問答無用で俺を面会に向かわせるつもりらしい。
上からの命令か。
組からの圧力か。
いずれにせよ穏やかではない。
それだけは、確かだ。
「ご苦労様です」
「おお、ご苦労」
ほとんど日の当たらない廊下を歩き、看守同士が交わすうわべ面の挨拶を見やる。
両手には手錠。
胴体には腰紐。
逃走防止の処置を施された状態で連れられる俺は、まるで散歩中の犬だ。なんて情けない。
心底、自分が嫌になる。
「519番、入れ」
面会室に着くなり、立会を務める刑務官に背を押された。
ドンッという衝撃で前のめりになる。
こんな扱いにも、もう慣れた。
相変わらず鉛色で統一された部屋。明かり取りをするための窓がひとつだけ。もちろん鉄格子付き。
中央を仕切るアクリル板だけは、無色透明だ。
罪人と、非罪人。
両者を隔てるそれには円形の小さな穴が開いており、互いの声が聞こえるようになっている。
立会の刑務官と書記が背後で目を光らせるなか、温度のないパイプ椅子に腰を下ろした。
すると、やけにゆっくりと開くドア。
「──……黒尾、さん」
面会者用の通用口から姿を現したのは、俺と時を同じくしてあの町に身を寄せていた警官、黒尾鉄朗だった。