第19章 幻怪(R18:月島蛍)
*
現実は、恐ろしいほどに冷たかった。
帰宅したマンション。
明かりのない部屋。
ひとり、ぽつんと電気を灯す。
「──……ただいま」
そう呟いても返事はない。
誰もいない。
おかえりが、聞こえない。
寂しい。
そう思う。
【 頭を冷やしてきます 一鉄 】
重たい足取りで向かったキッチンの、ダイニングテーブルの上。置き去りにされた一枚のメモ用紙。
肩にかけたビジネスバッグをどさりと降ろして、その短い手紙を拾いあげる。
相変わらず綺麗な字。
真面目で、清廉で、潔白な。
私の夫の字だ。
唇から漏れるのは溜息だった。
魂が抜けてしまいそうなほど深く嘆息する。思い起こされるのは昨晩の惨劇。耳にこびりついて離れない、破裂音。
『そんなにお義母さんが大事!?』
『……っ絢香、落ちついて話を、』
『もう、うんざりなのよ!!!』
泣き崩れる私。
床に落ちていくティーカップ。
新婚旅行先で買った、お揃いの。
割れて、砕けて、粉々に。
幸せが音を立てて壊れていく。