第19章 幻怪(R18:月島蛍)
理由もなく他者を欲した。
それは、初めての熱情だった。
「スタイリング剤は揉みこむようにして、軽くね、……そう、上手」
カットの所要時間約20分。
たったひと時の夢は幻と消え、いま現在、私は、彼に巻髪のセットの仕方を習っている。
離れたくないと思った。
もっと彼を見ていたかった。
でも、それはやっぱり叶わぬ願い。だってここは美容室なのだ。スタイリストと居られる時間はブローを含めても正味40分。
あとはお会計をして、帰るだけ。
「ほら、一段と綺麗になった」
「……お世辞ばっかり、いやな子」
「僕は本音しか言わないよ」
軽やかなテンポを装ってみせて、彼のリップサービスに言葉を返す。
くるりと回転する椅子。
鏡から剥がされる視線。
これで、本当に彼との時間はおしまい。年甲斐もなく名残惜しいと思ってしまう。
「影山」
彼が、月島君が、アシスタントの名前を呼んだ。続く言葉はきっとこれ。
「お会計──」
ほら、ね。
思った通り。
それからまた別のアシスタントを呼んで、後片付けを言いつけて、彼は次の仕事へと向かってしまうのだろう。
月島君のお客さんは、なにも私だけじゃない。
月はこの世にたったひとつしか無いけれど、私は、無数にある星のなかの一粒に過ぎないのだから。
「──……は僕がやるから、お前は東峰さんのとこヘルプ入って」