第19章 幻怪(R18:月島蛍)
髪を切るということ。
彼にとっては仕事でしかなく、私にとっては金銭と引換えの非物的商品に過ぎない行為に、こんなにも劣情を煽りたてられるなんて。
私は、狂ってしまったのだろうか。
「お姉さんの髪、綺麗だね」
「………そう、かしら」
スツールと呼ばれる背もたれのない椅子。銀色のそれに腰掛けた彼が、私の後髪をひと房、手にとった。
するり
彼の掌から零れおちていく毛先。
形のいい唇が、ふと、微笑する。
「ハリと艶のあるロングストレート、上品なブラウン、──……すごく僕好み」
鏡のなかで絡みあう視線。
熱を帯びた彼の眼差し。
黒で縁どられた眼鏡フレームの向こうに、燃える月光。
私の鼓動は早鐘よりも速く、ケープに隠された胸が忙しく上下する。酸素が足りない。頬が熱い。そして何より。
身体が、疼いて仕方がない。
「もっと綺麗にしてあげるね」
「……っ、ええ、お願い、します」
変よね、こんなの。
絶対におかしい。
ひとり自問して、自答した。
直接触れられた訳でもないのに、肌が火照る。何をされた訳でもないのに、下腹部が収縮する。
雌としての本能か。
女としての本望か。
それは定かではないのだけれど、ただ、──彼が欲しい。
ただただ、そう思う。