第19章 幻怪(R18:月島蛍)
ちょっと無愛想な少年のシャンプーは予想に反して心地がよく、湯温も力加減も非の打ちどころがなかった。
洗髪とトリートメントを終えた私は、少年に案内されてスタイリングチェアに腰掛ける。
鏡にうつる自分は頭にタオルを巻いたまま。少し、ううん、かなり不格好。
そんな自分から目を背けるようにして手にとる女性雑誌。芸能人のゴシップにさして興味はないけれど、他にすることもないのでパラリと中身を覗いてみる。
そのとき、だった。
「こんばんは」
背後から聞こえた声。
それは、紛れもなく。
ギクリとして顔を持ちあげる。
ぶつかる視線。
鏡越しにいるのは、彼。
「初めまして、だよね」
「……っええ、その、長年通っていたお店が先日閉店してしまって」
「ふうん、そうなんだ」
大型の店舗に数えきれないほど在籍するスタイリスト。流動する利用客の波。
彼の胸元で光っているネームプレートには【top stylist】の文字。店長クラスのひとつ下の階級だ。
多くの指名を集める人気美容師と、誰のことも指名していない新規客。
私たちがこうして出会える確率は、きっと、天文学的数字にも等しいだろう。いやそれはさすがに言いすぎかな。
でも。
「じゃあそのお店に感謝、だね」
「……感謝、……どうして」
「こうして出会えた、デショ?」
思うのだ。
これは運命の出会いなのだと、そう信じてしまう。信じさせられてしまう。信じてしまいたい。
私は、彼に──
『了解です月島さん!』
『蛍が一番上手』
『top stylist:K.Tsukishima』
月島蛍に、心囚われてしまったのだ。