第18章 陽炎(R18:カレカノ理論III)
牛島さんはドがつく天然だった。
黒尾さん曰く「あいつ素で人魚とか信じるタイプだから」だし、光太郎には「牛島くんは純粋すぎんだよ」と評されていた。
普段はこの海岸地区で飲食店を経営しているらしく、にろくんはそのお店のボーイさんなんだとか。
ボーイさんという地点で「夜の」飲食店であることは間違いないし、黒尾さんとはそういう繋がりで海の家を毎年共同出店しているらしい。
そういう繋がり、って一体。
いやこれ以上はやめておこう。
なんとなく黒尾さんの職業が分かってしまった気がするし、本当に私は知らないほうが良さそうだ。
「二口はこれを運んでくれ」
「うす、了解ス」
にろくんの本名は、二口である。
光太郎が砂浜に書いてくれてようやく意味が理解できたのだけれど、それにしても光太郎の字は控えめに言って豪快だった。
ありていに言えば下手っぴだった。
「牛島、ディスプレイ用の空瓶どこ?」
「すまん、まだ車に積んだままだ」
「木兎ー!絢香ー! お前らダッシュで取りいってこい!」
相変わらず人使いの荒い黒尾さんは、脚立の上に跨ってシーリングファンをいじくっている。
船の帆を思わせる吊下式扇風機。
まさに海の家といった雰囲気だ。
「なー、絢香、ちょっといい?」
「ん? いいよ、どうしたの?」
牛島さんに指定されたコインパーキングに向かいながら、光太郎と二人きり、夜の海岸沿いで歩幅をそろえる。
規則正しい波音。
ブラウスが、潮風に煽られて。
「さっきの続き、話したい」
彼が放ったのは、やけに静かな。
恐ろしいくらい、落ちついた声。
見つめれば、ほら。
やっぱり私は身動きができなくなって、呼吸の仕方すら忘れてしまう。