第18章 陽炎(R18:カレカノ理論III)
きゅううと胸が苦しくなって、どうすればこの笑顔を安心させてあげられるのかを考える。
ごめんね。
ごめんね、光太郎。
私がちゃんと過去と決別していれば、あなたが傷つかずに済んだのに。私がちゃんとハジメを忘れていれば、あなたを傷つけずに済んだのに。
青緑に変色してしまった彼の、ほっぺた。さっき摘まんだほうと逆のそこに、そっと、そっと、指先を滑らせていく。
「私、光太郎だけだよ」
「ほんと?」
「本当に、光太郎だけ」
光太郎が心地よさそうに瞳を閉じてくれたから。光太郎が愛おしそうに口元を綻ばせてくれるから。
だから、余計に胸が苦しくて。
込みあげる想いは罪悪感だろうか。
彼を傷つけてしまったという悔恨と、いまも彼を不安にさせてしまっているという自責の念。でも、どうしてだろう。
それ以上に募るのが、愛なのだ。
「光太郎、好き、大好きだよ」
息が苦しくなるくらいの愛。
涙が込みあげるくらいの愛。
力いっぱいに彼を抱きしめて、その逞しい胸板におでこと鼻先をくっつけて、囁く。
光太郎の【こころ】に直接語りかけるように。この想いが伝わりますように、って、祈りをこめて。
「光太郎がいないと生きていけない」
「あなたがいない世界なんていらない」
「そのくらい好き、大好き、愛し」
そこで言葉が途切れたのは、彼がキスをしたから。塞がれる唇。甘ったるい匂い。
柔らかで離しがたいその熱は、しかし、やさしく触れただけで月明かりの下へと戻っていってしまう。
潮風になびく前髪の隙間。
見上げる視線の先には、笑顔。
「その先は俺が言うの、絢香はだめ」
困っている風でも、物寂しそうでもない。怖いくらいに澄んだ眼差しで私を見つめて、星空を背負う、愛に満ち充ちた黄金がそこにあった。