第18章 陽炎(R18:カレカノ理論III)
過ぎゆくのは虹色の橋。
お月さまにそっくりな球体展望台と大観覧車を横目に、首都一号線を純白がひた走る。
陽気なサマーチューンが揺らす車内の空気は、今日も甘ったるい。芳香剤と光太郎の匂いだ。
目指すは憧れのロングビーチ。
海と音楽とお酒に満たされた太陽の国である。夜だけど。今めっちゃ太陽沈んでるけど。
「っえ、海の家!?」
「俺が経営してんの、夏限定でな」
「また黒尾さんに騙された……!」
私はまたも騙されていた。
飄々としたペテン師、こと、黒尾鉄朗にまた騙されたのだ。海だなんて言うから、てっきり遊びに行くものだと思っていたのに。
ナイトイベントの屈辱再びである。
ともあれ、彼曰く、今晩のお仕事は設営作業だ。
明日から営業を開始する【海の家】のオープン準備らしい。一応それなりにお給料も出るんだとか。
しかし、分からないのだ。
「黒尾さんって一体何者……?」
後部座席の右隣。
光太郎の車は左ハンドルだから、黒尾さんはいま助手席の後ろに座っている。
そんな彼を、チラと一瞥。
すると──「知りたい?」──不敵で妖艶な笑みが返ってきて、私は思わず閉口した。
「絢香は知らないほうがいい」
続いて口を開いたのは光太郎だ。
私のすぐ前。
運転席のシートを挟んだところから、緊張を孕んだ低音が聞こえてくる。
え、何、もしかしてマフィアとか?
そんなことを一瞬本気で考えてしまって、直後、さすがに日本でそれはないかと自答した。
光太郎が知らないほうがいいって言うんだから、これ以上は聞かないでおこう。やめておこう。
この世には知らないほうが幸せなこともある。うむ。