第17章 代償(R18:孤爪研磨)
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その日は、ひどく空が焼けていた。
夏にはほとんど見られない茜空。
以前、空に血液を撒き散らしたようだと比喩した私に「異常だ」と批難を浴びせたのは、どこの誰だっただろうか。
変な意味で言った訳ではなかったのだけれど、まあ、古来より人間は血を穢れとして扱ってきたから仕方ない。
血だって立派な赤なのに、と思う。
ヒトが、生命が、生きている証。
何よりも美しい赤だと思うのだ。
少なくとも、私は、そう思う。
「……それにしても赤い」
夕焼け、小焼けの。
ひとり口ずさむのは母から教わった童謡だった。何ひとつとして私に与えてくれなかった母が、唯一、私に教えてくれた美しい歌だった。
物憂げな旋律。
奏でる母。
鼻をつく、煙草の臭い。
あれはいつの日だっただろう。結局娘(わたし)を施設に捨ててしまった母は、今もどこかで生きているのだろうか。
診察室を橙色に染めつくす赤。
ああ、赤い。
美しい空だ。
なのに、──悲しい。
「……夕焼け、小焼けの」
何度も何度も繰りかえす唄。
母が教えてくれたのは一番だけ。あとは知らない。だから同じフレーズだけを口ずさみつづける。
とある平日の夕暮れ。
診察が終了した職場。
ひとり残って雑務をこなす私の瞳に映るのは、赤、そのただ一色だけだった。