第17章 代償(R18:孤爪研磨)
「ありがとうございマシタ」
「全然感情がこもってない」
彼のカルテと、診察券。
それから湿布の処方箋がひとまとめになったクリアファイルを手渡して、些末な言葉のやりとりをする。
だってお姉さんのマッサージめちゃくちゃ痛えんだもん。
診察のために脱いでいたジャージを肩に引っかけて、黒尾くんはぶつくさとごちた。心を射抜かれるような赤。
動脈血と、おなじ色。
「もう来ないでね」
「出来れば俺もそうしたいデス」
「お大事に」
病院か刑務所でしか通用しなさそうな挨拶を終えて、黒尾くんは廊下を左へ、私はリハビリセンターのなかへと戻ろうとした。
戻ろうとして、思い出す。
「あ、」「あ。」
ほぼ同時に振りかえって。
唇が紡いだのは同じ言葉。
「「さっきの噂話なんだけど」」
おかしいくらいに重なってしまった台詞と行動。そのシンクロ指数の高さに思わず笑みがこぼれて、私は一歩黒尾くんのほうへと歩み寄った。
彼もこちらに、一歩。
私よりも大きな歩幅で近付いて。
「え、っと、……今度ゆっくりどう?」
「あら、それはデートのお誘いかしら」
「まあそうとも言うし、そうデスはい」
黒尾くんはクレバーで大人びた印象を受けるけれど、案外少年らしいところもあるようだ。
左斜めに落とした視線と、染まる頬。
ドキドキしてますという顔をして返事を待つ姿は、なんとも可愛らしい。
そんな彼のギャップに心が揺れた。
揺れて、それから微笑みを返す。
「そうね……、ええ、いいわ」
じゃあ今週末の花火大会で。
そんな甘酸っぱい約束を交わして、私は、再度センターに戻ろうとした。