第16章 遊戯(R18:国見英)
事件の訪れは、かくも唐突で。
ほんの些細なワンシーンだった。
普段通りの何気ない会話だった。
「英くん、クッション貸して」
「ん、どっちのやつ?」
「そっちの、柔らかいほう」
お互いがお互いの好きなことをしていた。英くんはバレー雑誌をいまだ読み、私はスマホアプリできもかわいいエイリアンを育てていた。
時折ぽつりと会話を交わすだけ。
甘さなんてない。
淡泊で、ゆるやかな。
そんな日常が一瞬にして崩れさった。英くんが拾いあげたふにゃふにゃのビーズクッション。ベッドの枕元に置いてあったそれ。
ころ、ん
なにかが落ちたのだ。
ピンク色をした、なにかが。
「? なんか落ちたよ」
私はスマホから一旦手を離してその【なにか】を拾おうとする。
ベッド脇の床に転がった、透明のプラスチック容器に指先が触れた、──次の瞬間だった。
「触んなくていい!」
耳に刺さる、英くんの声。
彼はあまり大きな声を出したりしないから、ちょっと驚いてしまって。
思わず全身が跳ねて、心臓が止まった気がして、怯えたような顔つきになってしまった。
そのまま英くんを見つめると、彼はなんともバツが悪そうな顔をして、件のピンク色を後ろ手に隠す。
赤く染まる、頬。
左右に泳ぐ、瞳。
一体何だというのだろう。
クッションの貸し借りなどとうに忘れて、私たちは、気まずい沈黙のなかを延々と揺蕩っていた。