第15章 禁忌(R18:岩泉一)
【scene5:Hey,girl.】
ピアスホールが火傷した。
教師にバレないようにと軟骨に空けた小さな穴。先生の低音が撫ぜていったところが熱い。
狂ったように、熱い。
『今夜8時、駅前で待ってろ』
彼はたしかにそう言った。
私にしか聞こえないくらいの声で。
ちょっと掠れた、甘ったるい声で。
耳元に唇を寄せて囁いたのだ。
ああ、熱い、どうしようもなく。
準優勝を祝う打ちあげも、友人たちの楽しそうな会話も、さっきから飲んでいるはずのオレンジジュースも、すべてが灰色に見える。まるで、世界から色が消えてしまったみたいに。
例えるなら、そう、大昔のサイレント映画。
スクリーンに映しだされる映像はすべてモノクロで、無音で、無機質で。そんな世界にひとりだけ飛びこんでしまったような感覚なのだ。
五感の全てを、彼が占めているから。
体育祭中にいやというほど吸いこんだ砂埃。塗りなおしたグロス。薄暗い昇降口。下駄箱の木と、校舎の匂い。
掴まれた腕。
彼の大きな手。
伝わる熱。
近づく声。
甘やかな低音。
耳たぶを撫でた吐息。
ふわり、香るのはやっぱりブラックコーヒーで、ほのかに制汗剤のような匂いがした。
視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚。
私の全てが覚えてる。
先生の一挙手一投足、声の抑揚まで、ぜんぶ。
だから何も感じないのだ。何も音がしないのだ。何も味がしないのだ。眼前の全てが灰色なのだ。
世界の全てが、──彼色だから。