第14章 衝動(R18:花巻貴大)
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「っふふ、もう、ほんとお腹痛い!」
そんなこんなで居酒屋からの帰り道。
俺は彼女を送るために、自分家とは反対方面の景色のなかを歩いていた。
「そんなに面白えか?」
「うん、だって貴大ってば、超怖ーい顔して下ネタ言うんだもん」
私、可笑しくて。
瀬野はとかく楽しそうに、涙すら浮かべて笑っている。弾んだ声音。ミラノ製のハンドバッグをぶんぶんと振る、ほろ酔いの彼女。
ふたりで歩く夜道は、梅雨特有の湿った空気で満たされていた。
雨の匂いと、夏の気配。
間近に迫る開放的な季節への期待が、心を、ムズムズとくすぐったくさせる。
「そんでお前いま彼氏いんの?」
唐突に問うたのは俺のほうだった。
ぴたり、数歩前を歩いていた彼女が足を止めて。くるり、少し恥ずかしそうに振り向いてくれる。
ナトリウムライトの下で揺れる艶髪が、やけに美しくて。
「んー、いないよ、今はまだ」
「……まだ?」
「でも、二秒後にできる予定」
ちょっと悪戯に笑んだ彼女。
まるでダンスでも踊るみたいに俺との間合いを詰めて、直後、その柔らかな唇に呼吸を奪われる。
──……キス、だよな、これ。
「私を貴大の彼女にしてください」
彼女が囁いたのは、紛れもなく、俺が羨望を抱きつづけた非日常だった。