第14章 衝動(R18:花巻貴大)
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忘れられないわ、あの人のこと。
そんな歌詞からはじまる古いラブソングが流れる店内。黒檀製のテーブルにはカクテルと地酒、それからバーニャカウダが少々。
「にしても、ビックリした」
「ん? なにに?」
「瀬野が帰ってきてたこと」
俺は、市街にあるシャレた居酒屋にいた。普段タタさんと行くような小汚ねえ呑屋ではなくて、お洒落な、しかも個室の居酒屋さんだ。
もちろん瀬野のためである。
『俺も一緒に連れてけや!』
『いや全力でお断ります』
『んだよケチ! ケチ巻!』
タタさんのアグレッシブな野次馬根性から逃げるようにして、やっとの思いで辿りついたのがこの店というワケだ。
「あー……うん、実は怪我しちゃって」
カクテルグラス越しに見える彼女。
改めて間近にすると気後れしてしまいそうになるほどの、美しい顔立ち。
瀬野はその美麗な顔を俯かせて、きゅっ、と唇を結んでみせた。
「……怪我?」
「……事故だったの、リハーサルに向かう途中にね、居眠り運転の事故に巻きこまれちゃって」
ほら、これ。
そう言ってスキニージーンズを捲る瀬野。その華奢な足首には、生々しい事故の記憶が刻まれていた。
「少しなら踊れるんだけどね」
「……うん、」
「もう前みたいには踊れないの」
「そ、っか」
プロダンサーになるという夢を追いかけて上京していたはずの彼女が、なぜ、俺たちの地元で教師なんてしていたのか。
これで合点がいった。
なのに、ちっとも心は晴れなかった。
すっきりするどころか霧がかかって、モヤモヤと、喉のあたりに小骨が痞えたような気分になる。