第13章 夜陰(R18:カレカノ理論Ⅱ)
「今夜もお疲れってことで!」
「カンパーイ!」
「ねー、ゴミ袋どこー?」
「バーカン裏ー!」
扉越しに聞こえる会話。
いくつもの、声、声、声。
ダンスフロアでは出演者たちによるアフターパーティが挙行されていた。その傍らで、イベントスタッフが箱内の清掃を行っている。
それら全ての視線から逃げるようにして、私はレストルームに篭っていた。
涙が止まらない、から。
ついでに、身体の震えも。
初めてひとが殴られるのを見た。
初めてひとが蹴られるのを見た。
あんなに大量の血液を見たのも、初めてだった。生理は、まあ、例外として。
怖かった。
恐ろしかった。
見慣れたはずの彼らが全くの別人に見えて、そして何より、傷つけあう彼らを見るのが──
すごく、悲しかった。
『ほら帰るよ、岩ちゃん』
スポーツカーの男性。
及川さん、というひと。
彼は女性よりも華やかで、気品があって、なのに言いようのない威圧感と風格を携えていた。
この近隣一帯にそびえるハイタワーホテル、ビジネスホテル、ラブホテル。特徴的なペールグリーンのネオンライン。
建物名に【Blue】がつくホテルはすべて、及川さんの所有物なんだそうだ。
これは光太郎から聞いたお話。
『……及川さん、あんた仕事は』
『今日はもうオシゴトおしまい!』
だから飲みいこ! ね?
彼はそう言って、ハジメと共に夜闇のなかへと溶けていった。
唸りをあげるエンジン。
傷ひとつない鮮赤のボディ。
走り去るテールランプの赤。
今日は赤色に触れてばかりだ。
目が痛い、と思う。