第13章 夜陰(R18:カレカノ理論Ⅱ)
「はーいはい、そこまでー」
そんな声が響いたのは、上体を起こした光太郎が、再度ハジメに殴りかかろうとした時だった。
もう喧嘩はおしまいね?
ちょっと鼻にかかった美声。
物腰柔らかで、花のような。
「んもー、岩ちゃん! こんな公衆の面前で一般人相手に戦ったらダメでしょ!? 少しは紳士らしくしてよ、もうすぐ俺の義弟になるんだから!」
めっ!
けやき坂方面。
渋滞を退けて駅前に停車した高級外車。鮮血のような赤いスポーツカー。
ガルウイングタイプのドアから顔を覗かせて、彼は軽口を叩いていた。
あれ、このひと、たしか──
「……及川さん、何であんたがここに」
言葉を発したのはハジメだった。及川さん。ああやっぱり。あのイケメンだ。
あの日の国道。
赤信号待ちの隣車線。
あれ、コータローじゃん。
おー、及川じゃねえか。
互いの運転席越しに言葉を交わしていた、──光太郎の友人のひとりである。
「う、ええっ! コータロー!?」
及川さんとやらは光太郎のことを見た途端、顔色を青くして「岩ちゃん!」とまたひとつハジメを叱った。
「この子及川さんのトモダチ!」
「…………は?」
「うちのホテルを使ってくれてるデリヘル会社んとこのドライバーくんなの!」
わたわたと説明する及川さん。
あんたラブホも経営してたんスか、と冷めた様子のハジメ。
口元から大量の血を流している光太郎が、そんな二人に背を向けて、ちょっと強引に私の肩を抱いた。
「帰んぞ、絢香」
光太郎のTシャツ。
白だったはずなのに。
すっかり汚れてしまった。
ドス黒い、赤。