第13章 夜陰(R18:カレカノ理論Ⅱ)
「絢香、お前目ェ閉じてろ」
息を呑むほどの殺気だった。
抑揚が全くない声。
静かに狂う、黄金。
赤にも錯覚できるほど激しい怒りを宿したそれ、光太郎の視線の先には、──やはりハジメの姿がある。
目を閉じている暇なんかない。
そんな余裕ない。
「ダメ! 光太郎!」
悲鳴のような声で言って、どうにか彼を止めようとした。でももう手遅れ。
振り抜かれる拳。
人間の肌が撃たれる音。
鈍くて、痛々しい。
「……ってえな、……何すんだコラ」
光太郎の拳を受けたハジメはよろめいて、だけど、決して倒れることはなく怒声を返す。
「俺の絢香(オンナ)泣かせてんじゃねえよ、つーか誰だてめえ」
「……あ? 俺の女だァ?」
やばい。
完全にキレてる。
光太郎は見るからに喧嘩が強そうなタイプだけど彼は、ハジメは、そんなの比じゃなくて──
「てめえに絢香をくれてやった覚えなんかねえよクソガキ──……!」
宙を舞う、銀髪。
ハジメよりも明らかに体格がいいはずの光太郎が後方に倒れて、ネオンのなかに血飛沫が。
灰色のコンクリート。
白黒の横断歩道。
至るところに散らばる赤。
鉄臭い、赤褐色。
「……っお願、やめて、ハジメ」
震える声で願う。
やめて、お願い。
光太郎が死んじゃうよ。
普通のひとなんて一発の蹴りで意識が飛んでしまうような、豪脚。
ハジメは、──要人警護の会社で対武装格闘術を教えるインストラクターなのだから。