第13章 夜陰(R18:カレカノ理論Ⅱ)
信号は、もうじき赤になる。
「あの日お前が見たのは、贔屓にしてもらってる取引先の社長の妹だ。俺はあの子と結婚する。しなきゃいけない」
急激に少なくなる雑踏。
慌てて横断歩道を渡ろうとする人たちの、その内のひとりが、ドンッ!
私の右肩を弾き飛ばして、私は、そのままコンクリート製の地面に崩れおちた。痛い。打ちつけた膝が。──痛い。
「嘘ついてごめん」
彼は言う。
騙すつもりはなかった。
あの日、すべてを話すつもりだった。私を食事に誘ったのは、その為だった。
「でも、お前が止めてくれたら──」
彼はこうも言った。
私が、そんなの嫌よ、と泣きつけば良かったのだと。言葉はもっと丁寧だったけれど、彼が言わんとしているのは要するに【そういうこと】だった。
私が泣いて縋りさえすれば、ハジメは職を捨ててでも「お前と一緒になろうと思ってた」のだと。
「………と、……でよ」
勝手なこと言わないでよ。
蚊の鳴くような声しか出てこない。
なによそれ。
なによ今更。
そんな話、聞きたくなかった。
そんな話、する必要ないでしょう?
「──……でも俺はまだ間に合」
「もう聞きたくない!!!」
「……っ! ………絢香、」
憎い、憎い、憎い。
嘘をついていたと真っ直ぐに認めた彼が。今更そんな話を持ちだして、私を繋ぎ止めようとする彼が。
一瞬でも過去の幸せに揺らいでしまった自分が、──憎くくて仕方がない。
「ごめんなさい、……光太郎」
ひとり残されたスクランブル交差点の中心。生温いコンクリートに崩れ落ちたまま、きつくきつく目を閉じる。
ぽたり、涙が地面に落ちて。
信号が、赤に変わった。