第13章 夜陰(R18:カレカノ理論Ⅱ)
「出ねえのか」
「っへ?」
「電話、岩泉一からの」
高い位置から黒尾さんが問う。
ひとのスマホを覗かないでくださいよ。そんな文句をぶつけてみるが、見事に華麗にスルーされて言葉を返された。
「あ、もしかして元カレ?」
「…………っ!」
「はい図星ーウェーイ」
「からかわないでください!」
むくれて眉根を寄せる私の肩を、いまだ抱いたままの彼、黒尾さん。
彼はふと真剣な顔をして──「ちゃんと終わらせてこい」──そう言った。ステージからは歌声。京治くんの美しい声がする。
「木兎のためにそうするべき、違う?」
この日、その瞬間。
私は黒尾さんのことが余計に分からなくなった。腹の読めないひと。そう思う。でも。
彼はやさしいひとだ。
とても、やさしいひと。
それだけは確かだと、そんなことを考えつつ、私はトライアングル・オー・イーストを後にする。
螺旋階段をあがれば、そこは地上。
一夜夢幻を見せてくれるダンスフロアの熱気は、もうずいぶんと遠ざかってしまった。
震えるフレンチネイル。
鳴りっぱなしのスマホをスワイプして、ロックを解除する。
『──……絢香?』
鼓膜を揺らした声。
それは、怖いくらいに懐かしい。
男らしさのなかに少年の面影を残したような、最愛だったはずの、ハジメの声だった。