第12章 雪白(R18:菅原孝支)
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「気をつけて急いでね」
いってらっしゃい。
玄関へとつづく暖簾越しに、そう声を掛けた。一拍間を置いてから、パタパタと駆けていく足音。
きっとまた例の恒例行事とやらをやっていたのだろう。
両親が天国にいるみたいだからやめてと言ったのに。実際はオーストラリアなんだから。
「──……オーストラリア、か」
今頃、自然に囲まれて【絶滅危惧種の保護】に精を出しているであろう両親。
ふと、仲睦まじいその笑顔を思い出す。いつまで経ってもラブラブな私の、お父さんとお母さん。
『絢香、菅原君のことなんだがな』
ストン、包丁が鳴る。
シャリ、白菜が切れる音。
脳裏を過るのは父の台詞だった。
一週間ほど前。
突然電話をかけてきた父は、いつになく真剣な声で語りかけてきた。
その夜は雲ひとつない晴空で、たくさんの星が瞬いていたのを今でもよく覚えてる。
『彼には素質があると思うんだ』
『……そうね、まあ、確かに』
『お前がもし高校を卒業してからも、いや、その先もずっと菅原君と共に生きるつもりがあるなら、彼に伝えて欲しい』
──オーストラリアに来てくれ。
それが父からの伝言だった。
父がリーダーを務める非政府組織、いわゆるNGOというやつだが、その一員に孝支くんをスカウトしたいのだそうだ。
絶滅の危機に瀕している動物たちの保護。それが彼らの仕事。
そして、父が孝支くんに「向いている」と評した仕事でもある。
トツン、包丁の先だけが鳴る。
切れかけで止まったままの白菜。
私は、父の意志を孝支くんに伝えることが、──どうしても出来なかった。