第11章 灼熱(R18:牛島若利)
金持ちというのは難儀なものだ。
甘い水を求めてやってきたホタルを眺めて、もやくやと考えを巡らせる。虚無のような夜闇。
ひとり佇む縁側は、思いの外、心地良く。荒んでいた心中を穏やかにさせてくれる気がした。
焚かれた蚊取り線香。
夜風がくゆる紫煙を揺らして、ちりん、風鈴の脇をすり抜けていく。
『僕たち、幸せになります』
『いえ、幸せにします』
『僕が、……絢香さんを』
彼女は微笑んでいた。
親の決めた結婚相手の傍らで。いつもと変わらぬ笑みで。口元を隠すように手袖を当てる仕草。悔しいくらい綺麗だった。
金持ちで在ることは難儀だと思う。
結婚は御家を守るための道具でしかなく、そこに恋や、まして愛などという代物は一切存在しない。
事実、俺がそうなのだ。
俺は今でこそ好きに生きている。
父の意志を継ぎ、青春と呼ばれる今のすべてをバレーに注ぎ、だがそれを良しとして生きている。
楽しいか。
そう問われたら、そうだな。
楽しいというのは、少し違う気がする。そう思えるほどの相手と対峙したことがないから、なのかもしれない。
しかし、こんな日々もやがて終わる。
プロになったところで、選手生命はせいぜい三十路までが限界だ。そういう世界なのだから仕方ない。
そうしたら俺は、きっと、母や祖母のお眼鏡にかなった女性と結婚するのだろう。顔も名も知らぬどこぞのご令嬢と。
愛のない婚礼を交わすのだ。
自由恋愛?
そんなものとんでもない。
従兄弟同士の結婚?
お前たちは一族の恥を晒す気か。
俺たちが産み落とされたのはそんな世界なのだ。仕方ない。愛などなんの役にも立たない。
金と世間体が全ての世界なのだから。