第11章 灼熱(R18:牛島若利)
「……ごめん、なさい」
触れるだけの口付けだった。
互いの体温が一瞬だけ重なって、刹那、身体を離した彼女はそう謝罪した。
拒絶というにはあまりにも弱い。
こちらに背を見せて俯いた黒髪が、戸惑ったように揺れている。
振り向きたいなら、振り返ればいいのに。彼女はこちらを見ようとしない。俺を見ようとしない。
「何故」
ひと言、そう問うた。
彼女はそれだけで俺の問いかけた意味を理解したようだった。
「戻って来られんくなる」
「なら、進めばいい」
「……それが出来るなら私はとっくに、……とうの昔に、……っ私は、昔から若利くんのことがずっと──……!」
止まる、刻の流れ。
閉じられた障子の向こうでは燦々と陽が輝き、種の存続をかけた蝉たちが喧しく鳴声を響かせている。
茹だるような盆のある日。
どこからともなく、線香の匂い。
見つめあう俺たちの視線は熱く、灼けていて、それなのに──
「……結婚するんよ、私」
心だけが、冷たくなっていく。