第10章 爪先にルージュを塗って (R18:赤葦京治)
眼前に広がった光景。
隙間なく並んだドレスや宝飾品はどれも眩く、しかし、並ぶというには雑然としすぎている。
ありていに言えば、散らばっているのだ。軽く十二畳はあろうかという部屋が、足の踏み場もないくらいに埋めつくされている。
ハイブランド品にうずもれても尚、ひときわ異彩を放っているのは大量のマネキンたちだ。
アパレルショップにあるようなそれ。
美しく着飾られたモノもいれば、中途半端に脱がされてそのままになったモノもある。
その様は、まるで──
「──……着せ替え人形」
思わずそう呟いていた。
「物分かりのいい子だね」
赤葦先輩が嬉々として囁く。
滑るようにして部屋へと入っていく彼に手を引かれたまま、ひょこひょこと爪先でバランスをとった。
一着いくらするのか考えただけで恐ろしいようなドレスを踏まないように。石ころのごとく転がるダイヤモンドを蹴り飛ばしてしまわないように。
「彼女ね、バイヤーなんだ」
「……カノジョ?」
「母さん、俺を生んだヒト。彼女に子種を植えつけたのが父さんで、彼はファッションデザイナー」
顔も声もよく知らない。
ほとんど会ったことないから。
赤葦先輩は独り言でも呟くかのような声量で言って、一枚のスカーフを拾いあげた。
Hから始まるエルメス。
上品なコバルトブルー。
上等な絹でできたそれを、私の目元に巻きつけて、後頭部のほうで結び目をつくっていく。
「俺ね、いつもこうして」
塞がれた視界。
研ぎ澄まされる聴覚。
耳元で囁く、彼の声。
「お人形遊びしてたんだ」
──ひとりぼっちでね。