第10章 爪先にルージュを塗って (R18:赤葦京治)
「木葉さん、取引しようか」
無糖のラテを飲んでいた先輩が、突然そんなことを言った。
カチリ
音を立てて嵌まりだすピース。ああ、予想通り。やっぱり彼は何かを強要するつもりらしい。
お前の秘密を黙っておいてやる。
だから対価を支払え、と。
彼はそう言いたいのだろう。
あとはその対価が何なのか。それが問題だ。お金には困っていなさそうだし、そうするとやはり必至なのは──
「セックスが目的ですか?」
「そんなもの興味ないよ、俺は」
「……じゃあ、なに?」
訝るようにして問う。
赤葦先輩の淡いリップラインが、ほのりと弓形になって、やけにゆっくりと言葉を紡いだ。
「ただ満たしてほしいだけ」
彼は言う。
笑みを携えて。
「挿入なんてどうでもいいし、生殖行為に興味がないのは本当だよ。けど、俺も男だから」
なにが、言いたいの。
先輩の歪曲した言い回しのせいで、その真意が分からない。要するにどういうことなのだ。
セックスはしなくてもいい。
でも、満たしてほしい。
「……何を満たせばいいの?」
「んー、フェティシズムを、かな」
「具体的に言うと何なんです」
「話すより見たほうが早いよ」
見る? 何を?
私がそう問うよりも早く、先輩に手を掴まれた。リビングを出て、長い廊下を歩く。
左側三番目のドア。
きっと上質なのであろう木製の扉を前にして、赤葦先輩は立ち止まる。徐々に開かれていく向こう側の景色。
そこには所狭しと並んだハイブランドの洋服と、靴と、アクセサリーと、それから──
大量のマネキンが飾られていた。