第10章 爪先にルージュを塗って (R18:赤葦京治)
ほこほこと昇る、湯気。
熱々のエスプレッソが香らせる珈琲豆はほろ苦く、冷えたバニラアイスの甘やかさをより一層際立たせる。
赤葦先輩が小さなミルクピッチャーを傾けると、とろり、苦くて甘いアフォガートが姿を現した。
「はい、召しあがれ」
「……ありがとうございます」
ほとんど音を立てずに差し出されたデザート。熱いようで冷たいそれをひと口、スプーンですくって食べてみる。
おとなの味。
ポツリとそう呟いた私に、私の前髪に、彼が触れたのはそんな時だった。
「アフォガート、ってさ」
先輩は柔和そうに笑んで。
「──溺れるって意味なんだよ」
それから妖艶に笑ってみせた。
撫でられた前髪が、ぱらりと落ちていく。不鮮明になる視界。目にかかった前髪のせいで、彼がいまどんな顔をしているのか見えない。分からない。
ただ、ひとつだけ確かなのは。
「お前、数学の蒼井と不倫してるの」
彼の声音が。
赤葦先輩の声が。
とかく愉しげに掠れているということだ。低いようで高い。中性的な響き。
「それとも遊んでるだけ?」
ねえ、木葉さんの妹。
教えてよ。
「──お兄さんには黙っといてあげるからさ」